何の為に 人生の座標軸

 普段感じたことを雑記にしたり、読んだ本のレビューをしようと思います。関心のある分野はコンピュータから宗教まで! 山口県山口市在住(出身:同県下関市)  1969年生まれ  IT部署に勤める会社員  子育て真っ最中!猫2匹同居

タグ: 怒る

生活や仕事をしていて、いろいろな場面で”怒り”と遭遇することがあると思います。それは、まずは自分が相手に対して怒ってしまう場合、または相手が怒っている場合です。

 自分がヒトやコトに対して怒っている場面を考えると、相手が意に沿わない言動をしたとか、自分の考えとのギャップに怒る場合が多いのではないでしょうか?
 ここの選択肢として、①感情のままに怒る②怒っている原因を考えて対処するということが考えられます。①の感情のまま怒るというのは、ストレスを溜めないで、一見良い感じがします。しかし、私は怒ることを表現することで、怒ることを増幅させている可能性を考えます。②は怒っているという今の感情を一旦おいて、冷静に「何で怒っているのだ」、「何に対して怒っているのだ」、「怒ったことで解決することはなんだろう?」を考えることができます。ここで、少し冷却できるのです。もちろん、全部がこれで解決できるわけではありません。こっそりと、怒りを逃がすところを用意しておくのもよいでしょう。

 次に相手が怒っている場合。選択肢として、①一緒になって怒る(怒り返す)②なんで怒っているのか考えるというのがあります。①の選択では、自分の心を害してしまうかもしれません。②の選択では、合理的な理由を見つけることができれば、怒っている内容を解決することができるかもしれません。
 もちろん、怒っている相手と、しばらく時間とか距離とかの間をとって、お互いに冷静になる時間を入れたり、あるいは第3者的な人を交えるというのも、良い選択肢でしょう。

 怒るというのは感情の働きで、叱るは理性の働きです。これをごっちゃにしている人をみることがあります。簡単に言えば、冷静であれば”叱る”になることが多いし、感情的になれば”怒る”と考えて良いかもしれません。

 「何の為に」怒っているのか、冷静に考えてみましょう。相手を思って、”叱る”はOKです。

 「怒る」と「叱る」では大きな違いがあると感じています。特に子供を育て始めてから、この違いを意識するようになりました。

 「怒る」というのは、感情を爆発させて、大声で、相手を責めるイメージがあります。感情に支配されているときは多いです。また、「義憤」といわれる公の怒りであっても、感情的になっているときは、「怒る」になるでしょう。

 対して「叱る」は、あくまでも冷静に、相手の将来のためを思って諭すことというイメージがあります。手法として、大きな声や体罰的なものを使うことはありますが、感情には支配されていません。

 最近の親による虐待事件は、「怒る」ことでおきていると思います。自分の怒りが制御できないレベルになって、虐待として現れる(もちろん、これ以外の要素もあると思いますが)

 感情を制御するのは難しいです。一呼吸おくとか、第三者的にみてから、叱るとかやり方はあると思います。なるべく、「叱る」をしたいです。

 相手のことを思って「叱る」。これは「褒める」と同じくらい大事なことです。(表面上の言葉ではなく、気持ちが入っているかもポイントです)

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