何の為に 人生の座標軸

 普段感じたことを雑記にしたり、読んだ本のレビューをしようと思います。関心のある分野はコンピュータから宗教まで! 山口県山口市在住(出身:同県下関市)  1969年生まれ  IT部署に勤める会社員  子育て真っ最中!猫2匹同居

タグ: 常識

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バカの壁 (新潮新書)バカの壁 (新潮新書)
著者:養老 孟司
新潮社(2003-04-10)
販売元:Amazon.co.jp
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 なかなか苦戦をした本です。簡単に何を言いたいのかというのをまとめることはできませんが、本の最後の方に、ヒントがありました。

 「バカの壁というものは、ある種、一元論に起因する面があるわけです。バカにとっては、壁の内側だけが世界で、向こう側が見えない。向こう側が存在していることすらわかってなかったりする。」

 一元論というのが一神教とか原理主義的なものの考え方で、自分の立場と違うものは理解できないと。

 AもあればBもある。Cも完全に否定できないという二元論以上の多元論を持つ必要があると感じた。

 「バカの壁」というのが、表現的にわかりやすいとは思いません。インパクトはありますが・・・。例えば、「認知の限界」、「常識の落とし穴」の方が内容には近いかも知れません。

 エピソードの中で、「花見酒経済」の話がありました。二人で酒樽を囲んで、A→Bにお金を払ってAは一杯飲む。今度はそのお金をB→Aに払ってBは一杯飲む。その繰り返し。酒樽は減っていくが、お金は回っているという不思議。虚業と実業、そんなことも感じました。

 「これは常識だろう」という言葉で片付けるときがあれば、注意が必要だ。まず、その常識はどこの世界まで通じる常識かを考えなければならない。世界共通か民主主義共通か日本で通じることか。平安時代から未来まで普遍的かものか。20歳代から60歳代まで世代間でも共通するか。社会全体で共有されていることか、業界のみか、あるいは自社のみか。自社内でも自分の分野のみか、あるいはもっと狭く自分の課のみで通用するのか?
 このように常識というのは、一定の時間軸と社会軸を持った集団において、共通に知っているであろう知識あるいは当然知っておくべき知識である。したがって、相手と同じ集団にいるかというのが、一つのポイントである。

 もう1点。常識というのは、「当然、相手が知っているであろうという知識」であり、自分が主観的に「あろう」という想像で決めている部分がある。自分が知っているから、その集団が知っていて当然というレベルにないこともある。このあたりもおちいりやすい罠である。

 これは常識であると思い込むのは、やや危険なところがあるが、文明社会にある以上、一定の線を引くべきであろう。一つは読み書き。常用漢字は書けなくても読めなければならない。コミュニケーションは日常会話が成立する語彙は必要だろう。計算は四則演算を電卓ですることはできなければならない。
 義務教育レベルとまではいかないが、それに近いものは社会人としておさえておくべき知識だろう。
 当然、企業人であれば、ある一定レベルで選考があるのであるから、そのあたりを最低限の知識と仮定することも可能だ(やや危険)

 また、人の感情にも常識が通用しないことがある。「○○と思って当然」と自分が思っても、相手の思考回路はわからない。ましてや、自分の思考が社会から見たコモンセンスかどうかも客観的に主観で判断しなければならない。

 「常識」というのは、疑ってみる必要がある。しかし、何かの形で共通化したものを「共通の価値観」などと整理していくのが人間だろうか。

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