何の為に 人生の座標軸

 普段感じたことを雑記にしたり、読んだ本のレビューをしようと思います。関心のある分野はコンピュータから宗教まで! 山口県山口市在住(出身:同県下関市)  1969年生まれ  IT部署に勤める会社員  子育て真っ最中!猫2匹同居

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 今日は劇団「touch the bonnet」の「半神」という演劇を見てきました。以下、ホームページからの引用です。

美しい容姿を持ち愛されるマリアと、醜い容姿を持つが頭のよいシュラの双子の少女の物語。2人は体の一部が繋がり生まれてきた。2人は反発したり、共感したり笑ったり泣いたりして生きてきた。しかし、2人が十歳を目前にして衰弱し死の危険に直面する。繋がった体のままでは生きるための負担が大きすぎたのだ。命を救うための方法は一つ。体を切り離すしかなかった。だけどそこで救われる命は唯一つ。最大の選択に直面したときの2人の選択は?その時周囲が選択した答えは?生き残るのはマリア?シュラ?両極端の二人の命を考えることで生命の尊さや生きることについて考えるお話。

 シャム双生児といわれるらしいのですが、そのシャムで生まれたことが、魔物の世界に通じているのですね。10歳なるとき、魔物として生きるか、人間として死ぬかの選択を夢の中で迫られるのです。現実世界では結合した二人を分離手術をしようとしているのですが、心臓はふたりで共用している。生き残れるのは一人だけという選択を迫られるのです。

 はじめはマリアが生き残っていたのですが、バスタブの栓の中の渦巻き世界(魔物の世界)に行って、双子と片割れがどうなったかを知ろうとします。

 双子は生まれたときから二人なので「孤独」を知りません。だから、つながっているとき、マリアは「孤独」を欲しがりました。しかし、分離した片割れのシュラは、相手を探している。魔物は言いました。生き残る方には「孤独」をあたえると、失われる方(魔物?)には聞いたことのない音楽をあたえると。

 次の場面では時間がさかのぼったのか、シュラが生き残った場面になり、終わりました。

 私の解釈では、シュラとマリアの2重螺旋の時間が流れ始めたのでしょうか?シュラの世界とマリアの世界は別々に存在し始めたというのでしょうか?

 文学的な内容でいろんな解釈ができると思いました。また、「1次元と2次元の間には点がある。2次元と3次元の間には線がある。3次元と4次元の間には高さがある。4次元(時限)と5次元(時限)の間には、”給食”がある」とか要所要所でユーモアが入っており、面白かったです。

 開場のせいもあると思うのですが、一部セリフが聞き取れないところがありました。

 また、山口大学演劇部のメンバーと重複している人もいました。(その中にキレイなお姉さんがいましたw)

 地域の演劇サークルはリーズナブルな価格で、演劇という文化や教養を提供してくれます。参加すれば次回のパンフレットなどももらえます。都合のつく限り参加して、自分の中味を高めたいと思います。

 山口県宇部市の常盤公園でコクハクチョウから鳥インフルエンザが発祥されたことを受け、息子の通う幼稚園の白鳥が処分されました。処分といいのは、人間が罪の意識を軽くされるために使う言葉なので、「白鳥達を殺しました」というのが、ある意味では適切かもしれません。
鳥インフルエンザ:常盤公園の338羽、殺処分終わる /山口 - 毎日jp(毎日新聞)

 幼稚園児には、「鳥インフルエンザで白鳥がお引越しをした」と説明しているようですが、保護者には「処分した」旨の連絡がありました。

 宇部市とは距離もずいぶん離れているし、過敏に反応する必要があるのか疑問に思いますし、渡り鳥が介在する鳥インフルエンザの封印にどこまで効力を発するかわかりませんが、行政指導や地域住民の意向があったことは確かと思います。

 幼稚園児には「処分した」というよりも確かに「お引越しした」という表現が正解と思います。なかなか、”死”を理解するのは難しいでしょう。

 また、処分をした人(させられた人)には、同情を感じます。このような処分にかかわらず、鶏肉や牛肉、豚肉を流通過程にのせるためには、かならず”殺す”人が必要なのです。われわれは、代理として殺してもらった人がいて、はじめて肉を食すことができるのですから・・・。

 鳥インフルエンザはカモが運んでくるとききました。しかし、カモは発症しない免疫機構があるらしいです。この辺が解明できて、鳥インフルエンザがなくなるといいですね。

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