何の為に 人生の座標軸

 普段感じたことを雑記にしたり、読んだ本のレビューをしようと思います。関心のある分野はコンピュータから宗教まで! 山口県山口市在住(出身:同県下関市)  1969年生まれ  IT部署に勤める会社員  子育て真っ最中!猫2匹同居

カテゴリ : 生き方


 いろいろなビジネス本を読んで、共通して書いてあるのは「ありがとう」という感謝の心を持ちましょうということです。「ありがとう」とは「有り難い」ということで、なかなか有ることが難しいことです。なかなかないことだから、感謝しましょうということです。ありがとうの反対語は「当たり前」だそうです。やってもらって、当たり前という気持ちでは、感謝できませんね。

 前文と矛盾をするのですが、「ありがとう」、「あいさつ」など、基本的な「当たり前」なことが大事なのですね。人からやってもらったことは、ありがたい。自分のすることは、当たり前と思ってもよいのではないでしょうか。
 言い換えると、手助けをして「ありがとう」とお礼をいわれたら「お互い様だから、いいよ」といい、自分が成功すれば「お陰様」という。素直、謙虚な気持ちが大事ですね。

 ちょっと最近読んだ、和田裕美さんの新・陽転思考より、「真実は一つ、考え方は二つ」というものいい。交通事故に遭ったという事実があって、「あー、こんな事故をして、修理代が・・・」と「怪我もなかったし、この程度の事故ですんで(よかった)」という二つの考え方。(よかった)探しをするのがミソですね。

 また、言葉は言霊だから、「プラスの言葉」を使う。マイナスの「でも」、「できない」をNGワードにするのも、効果がありますね。

 いろいろなことで努力は必要ですが、心がけだけで、人生は大きく変わると思います。


 「」について、まとめてみたいと思っています。

 「志」とは、目標・目的とは少し違うと思うのですが、「あるべき自分の姿」とか「なりたい自分」とか、「この国をどうしたい」とか、すこし漠然としているのですが、そんなもののように感じます。これは私の感じであって、志が具体的なイメージであれば、それはそれで素晴らしいとは思います。

 志というのが、私は大事だと思います。志がないままに仕事をしていると、1週間は月曜から金曜まで働いて、土曜日曜休むという1週間のサイクルの繰り返しで、それを4回ちょっと繰り返すと1ヶ月、1ヶ月を12回繰り返すと1年。そんな感じで、あっという間に20年、30年が過ぎ去っていくと思うのです。
 志があれば、昨日より今日、今日より明日、というように少しでも良くしようと思うので、一日一日が積み重ねになるのです。ちょっとしたことでもいいのですが、この積み重ねを10年、20年繰り返していくとどうでしょうか?繰り返しの20年を過ごしている人に比べると、とんでもなく大きな差が生まれるのではないでしょうか・・・。
 これは自己啓発というような問題ではなく、「志」というちょっとしたものがあるかないかで、決まってくると思います。

 具体的に私の志を書いておこうと思います。私は就職して、会社の本業に近い部分で働いていました。その本業の部分は重厚長大な部署であり先輩も多く、ここで自分の実力を発揮するのは難しいかなと思いました。そこでメインストリームから外れた情報通信の部署に転勤希望を出しました。職種的には変更がかなりきつかったので、それなりに苦労をしました。まだ、LANもイエローケーブル、伝送もアナログからデジタルに移行する時代でしたので、勉強をさせてもらいました。
 話が前後しますが、そのときに情報通信(ITという言葉もありませんでした)の部署に変わるときに思ったのは、「この分野は技術の発展が著しい分野であるから、技術についていけば、かならず成果がでる」ということです。それから20年たちましたが、会社の認定では上級の技術者になりました。

 もう一つ大事なことです。仕事には「ライスワーク」、「ライフワーク」、「ライトワーク」という種類があるそうです。ライスワークはご飯を食べるお金を稼ぐためだけに働く人、ライフワークは自分の一生の仕事として働く人、ライトワークは人を導くような光をあてる仕事をする人だそうです。
 20代の半ばの頃、社外のセミナーで「仕事とはなんだ」という話をしたことがあります。一緒にいた会社の同僚は「給料のために働いている」といい、私は「働き甲斐」といい、話は平行線で終わりました。後から講師の方が私のところにこられて、それは「自己実現」ですといわれました。私は「自己実現」を「なりたい自分になる」と解釈しています。
 40代の半ばになって振り返ると、仕事とは絶対に給料をもらうというのが前提だと思いました。給料をもらえなければ、ボランティアであり「プロ」ではありません。もう一方で、楽しく仕事をしようと思ったり、仕事を改善しようと思ったりするのであれば、「積み重ねの仕事」になると思うのです。給料をもらうだけであれば、繰り返しの仕事でももらえますから。ここまでがライスワーク→ライフワークの切替だと思います。
 人に光をあてるライトワーク。ここは私もこれからの課題です。そういう段階に入ってきていることは、日々実感しています。積み重ねでやっていこうと思います。

 なりたい自分をイメージし、「志」を持つ。毎日を繰り返しではなく、積み重ねと思う。人生、それだけで好転すると思います。楽天的に考える方が、夢は実現するようです。


 日々の生活というのは、実際問題そんなに変化がありません。波乱万丈の人生というのも、なかなかめぐり合えませんし、それが幸せなのかわかりません。

 中村文昭さんの講演会CDを聞いているとこんな話があります。

 月曜日から金曜日まで会社に行き、土曜日・日曜日を休む。そんなことを繰り返していると、あっというまに1週間、1ヶ月が過ぎ去ります。

 しかし、日々を繰り返すというイメージから、日々を積み重ねるというイメージに変えるだけで、どうでしょうか?昨日の自分よりも今日の自分の方が、経験を積んでいるから成長をしているし、明日もきっとそうでしょう。

 それを1年、2年積み重ねて、それから振り返ると、どうでしょうか?すごく成長しているのでは、ないでしょうか?

 「繰り返しの人生」から「積み重ねの人生」へ・・・。イメージができれば、一歩踏み出せるのではないでしょうか?


 「もっと、もっと」、「目標に向けて・・・」。いよいよそんな生き方に疑問を生じたとき、「吾唯足知(われ ただ たるを しる)」、「少欲知足」を思うようになりました。

 思えば、右肩上がりのバブル時代、24時間働けますかとリゲインがいい。夜な夜な踊りまくり、ブランド物を買いあさり、他所の国のビルを買ったり・・・。バブルがはじけて20年。今度は低成長時代・・・。

 しかし、(私は)生きるのに必要なお金もあるし、家族も養っていけるし・・・。変えないものもたくさんあるけれど、「私は知っている、今が足りている」ということを。そして、「欲を小さくし、足りていると知る」ことで、逆に心は豊かに生きることができるということを。

 吾唯足知、少欲知足・・・。呪文のように自分に言い聞かせます。


 誰でもできる雑用と呼ばれる仕事があります。たとえば、コピーや買い物。しかし、これを雑用と思わず、本気で取り組めとよくいいます。その通りだと思います。

 雑用ができない人間に、大事な仕事は頼めません。頼むほうが、怖いです。失敗のリスクがあるからです。

 雑用をただこなすのは”作業”でしかありません。工夫をしたり、自分が得ることがあって、”仕事”になります。

 お金を稼ぐだけでなく、仕事の目的・目標がしっかりすれば、それは立派な志をもった”志事”になります。

 自分の仕事は「何の為」にしているかを振り返り、志事にしたいです。

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