何の為に 人生の座標軸

 普段感じたことを雑記にしたり、読んだ本のレビューをしようと思います。関心のある分野はコンピュータから宗教まで! 山口県山口市在住(出身:同県下関市)  1969年生まれ  IT部署に勤める会社員  子育て真っ最中!猫2匹同居

カテゴリ : つぶやき


 この前の日曜日、大相撲秋場所の千秋楽で、横綱 白鵬を破り、全勝優勝をきめた大関 日馬富士。相撲中継などは、普段観ないのだけど、たまたまチャンネルがNHKになっており、決勝戦、表彰式を見ました。その時、違和感みたいなものを感じたので、書いておこうと思います。

 まずは、白鵬も日馬富士もモンゴル出身であったこと。これは日本人力士に強いのがいないのか、絶対数が少ないのか。これは、まあ仕方がない。

 次に表彰式。日馬富士が「君が代」を歌ったこと。モンゴル人の力士が勝ったなら、モンゴルの国歌を歌うのは、わかるが、「君が代は 千代に八千代に・・・」と歌うのは・・・。「君」の解釈はいろいろあると思うが、素直に読めば、天皇陛下である。次に「下賜杯」。菊花紋があったので、天皇陛下から与えられたものだろう。
 もう一つは、神事としての「相撲」。四股は邪気を祓うものであるし、土俵の下には神への供物が埋められているという。

 相撲と神道、神道と天皇陛下は不可分であり、君が代は、千代に八千代に、天皇陛下の治める世の中が続くことを記念する歌である。

 やはり日本人力士が頑張って、綱とりになることがまず第一。後は、スポーツとしても「SUMOU」と神事としての「相撲」を分離することかな。

 しかし、永谷園などは懸賞金でNHKでコマーシャルを流しているからすごいね。


 美輪明宏さんの作った「ヨイトマケの唄」がある。先日、美輪明宏さんのコンサートで聞かせてもらったが、確かに迫力のある歌声であった。

 今は桑田佳祐もカバーしているし、他の歌手も歌っている。しかし、「ヨイトマケ」、「土方」が差別用語として、放送禁止になった時代もあったようである(1983年に「要注意歌謡曲(放送禁止歌)」制度は廃止されたとのことであるが、実際に放送されだしたのは2000年前後のようである。

 ヨイトマケの子供という視点で、歌われているこの曲。ヨイトマケの子供と蔑まれたけれども、母ちゃんの働く姿を見てがんばった。母ちゃんの働く姿をみて、踏ん張った。そして、時代が流れ、機械の世の中になった。(ヨイトマケは機械に置き換わった)。そんな世の中だけど、俺はエンジニアになった。この姿を母ちゃんに見てもらいたい。思い出すけど、やっぱり母ちゃんの唄が世界一!

 こんなストーリーの歌ですが、美輪明宏さんが言われるには、実話だそうです。同じ学校の女の子がいじめられっ子で、美輪さんが助けたりしていたそうです。いじめによる自殺がクローズアップされていましたので、コンサートでそんな話をされました。

 エンジニアといえば、私も20年以上、電気・電子の分野で仕事をしております。工業高校に行きましたので、15歳から電気・電子の勉強をしていますので、あと数年すれば30年間、この分野にいることになります。

 私は弱電(電子)系のエンジニアをしていますので、最初のころはアナログ(昔のテレビやラジオみたいな)機器でしたが、すぐデジタル(CDのように0・1で動く)に置き換わりました。そしてデジタルの機械も最新型に更新をされていくのです。

 この分野のエンジニアは管理部門に転勤をして、10年現場を離れると、取り戻すのが大変です。昔は、戻ってきて「浦島太郎で、新しい機械はわからないので、よろしくお願いします」が転勤の挨拶でしたが、今は「タイムマシンにのって未来に来たようです。さっぱりわからないので、何とかしてください」という状態です。

 しかし、この分野のエンジニアを20年以上もやっていると、つぶしがきかないという状態になります。他の技術分野では、自分を活かすのが難しいです。

 おまけに僕もエンジニアですわ。


 いろいろなビジネス本を読んで、共通して書いてあるのは「ありがとう」という感謝の心を持ちましょうということです。「ありがとう」とは「有り難い」ということで、なかなか有ることが難しいことです。なかなかないことだから、感謝しましょうということです。ありがとうの反対語は「当たり前」だそうです。やってもらって、当たり前という気持ちでは、感謝できませんね。

 前文と矛盾をするのですが、「ありがとう」、「あいさつ」など、基本的な「当たり前」なことが大事なのですね。人からやってもらったことは、ありがたい。自分のすることは、当たり前と思ってもよいのではないでしょうか。
 言い換えると、手助けをして「ありがとう」とお礼をいわれたら「お互い様だから、いいよ」といい、自分が成功すれば「お陰様」という。素直、謙虚な気持ちが大事ですね。

 ちょっと最近読んだ、和田裕美さんの新・陽転思考より、「真実は一つ、考え方は二つ」というものいい。交通事故に遭ったという事実があって、「あー、こんな事故をして、修理代が・・・」と「怪我もなかったし、この程度の事故ですんで(よかった)」という二つの考え方。(よかった)探しをするのがミソですね。

 また、言葉は言霊だから、「プラスの言葉」を使う。マイナスの「でも」、「できない」をNGワードにするのも、効果がありますね。

 いろいろなことで努力は必要ですが、心がけだけで、人生は大きく変わると思います。


 「もっと、もっと」、「目標に向けて・・・」。いよいよそんな生き方に疑問を生じたとき、「吾唯足知(われ ただ たるを しる)」、「少欲知足」を思うようになりました。

 思えば、右肩上がりのバブル時代、24時間働けますかとリゲインがいい。夜な夜な踊りまくり、ブランド物を買いあさり、他所の国のビルを買ったり・・・。バブルがはじけて20年。今度は低成長時代・・・。

 しかし、(私は)生きるのに必要なお金もあるし、家族も養っていけるし・・・。変えないものもたくさんあるけれど、「私は知っている、今が足りている」ということを。そして、「欲を小さくし、足りていると知る」ことで、逆に心は豊かに生きることができるということを。

 吾唯足知、少欲知足・・・。呪文のように自分に言い聞かせます。


 SNSの使い分けを書こうと思います。

ホームページ・・・辞めました。

ブログ・・・はじめは、上のホームページのコンテンツでした。何度か会社をかわりましたが、今にいたります(当時は「日記」という名称が一般的)。

掲示板・・・辞めました。

mixi・・・やっています。

twitter・・・やっています。

facebookやっています。

 さて、facebookは実名でしていますが、その他は匿名です。ある程度、連携をさせています。

 mixiのボイス(ニックネーム)→twitter⇔ブログ→facebookのような感じになっています。

 この連携度合いは、微妙にチューンしています。また、友人の関係性が変わってくれば、変化もするでしょう。

 今日、facebookで友達を探すをクリックしたら、アドレス帳の何人か(その中に嫁もいた)に友達のリクエストが行きました。「シャア」されていたのですね。

 「シェア」は怖いと思いました。

このページのトップヘ