「」について、まとめてみたいと思っています。

 「志」とは、目標・目的とは少し違うと思うのですが、「あるべき自分の姿」とか「なりたい自分」とか、「この国をどうしたい」とか、すこし漠然としているのですが、そんなもののように感じます。これは私の感じであって、志が具体的なイメージであれば、それはそれで素晴らしいとは思います。

 志というのが、私は大事だと思います。志がないままに仕事をしていると、1週間は月曜から金曜まで働いて、土曜日曜休むという1週間のサイクルの繰り返しで、それを4回ちょっと繰り返すと1ヶ月、1ヶ月を12回繰り返すと1年。そんな感じで、あっという間に20年、30年が過ぎ去っていくと思うのです。
 志があれば、昨日より今日、今日より明日、というように少しでも良くしようと思うので、一日一日が積み重ねになるのです。ちょっとしたことでもいいのですが、この積み重ねを10年、20年繰り返していくとどうでしょうか?繰り返しの20年を過ごしている人に比べると、とんでもなく大きな差が生まれるのではないでしょうか・・・。
 これは自己啓発というような問題ではなく、「志」というちょっとしたものがあるかないかで、決まってくると思います。

 具体的に私の志を書いておこうと思います。私は就職して、会社の本業に近い部分で働いていました。その本業の部分は重厚長大な部署であり先輩も多く、ここで自分の実力を発揮するのは難しいかなと思いました。そこでメインストリームから外れた情報通信の部署に転勤希望を出しました。職種的には変更がかなりきつかったので、それなりに苦労をしました。まだ、LANもイエローケーブル、伝送もアナログからデジタルに移行する時代でしたので、勉強をさせてもらいました。
 話が前後しますが、そのときに情報通信(ITという言葉もありませんでした)の部署に変わるときに思ったのは、「この分野は技術の発展が著しい分野であるから、技術についていけば、かならず成果がでる」ということです。それから20年たちましたが、会社の認定では上級の技術者になりました。

 もう一つ大事なことです。仕事には「ライスワーク」、「ライフワーク」、「ライトワーク」という種類があるそうです。ライスワークはご飯を食べるお金を稼ぐためだけに働く人、ライフワークは自分の一生の仕事として働く人、ライトワークは人を導くような光をあてる仕事をする人だそうです。
 20代の半ばの頃、社外のセミナーで「仕事とはなんだ」という話をしたことがあります。一緒にいた会社の同僚は「給料のために働いている」といい、私は「働き甲斐」といい、話は平行線で終わりました。後から講師の方が私のところにこられて、それは「自己実現」ですといわれました。私は「自己実現」を「なりたい自分になる」と解釈しています。
 40代の半ばになって振り返ると、仕事とは絶対に給料をもらうというのが前提だと思いました。給料をもらえなければ、ボランティアであり「プロ」ではありません。もう一方で、楽しく仕事をしようと思ったり、仕事を改善しようと思ったりするのであれば、「積み重ねの仕事」になると思うのです。給料をもらうだけであれば、繰り返しの仕事でももらえますから。ここまでがライスワーク→ライフワークの切替だと思います。
 人に光をあてるライトワーク。ここは私もこれからの課題です。そういう段階に入ってきていることは、日々実感しています。積み重ねでやっていこうと思います。

 なりたい自分をイメージし、「志」を持つ。毎日を繰り返しではなく、積み重ねと思う。人生、それだけで好転すると思います。楽天的に考える方が、夢は実現するようです。