何の為に 人生の座標軸

 普段感じたことを雑記にしたり、読んだ本のレビューをしようと思います。関心のある分野はコンピュータから宗教まで! 山口県山口市在住(出身:同県下関市)  1969年生まれ  IT部署に勤める会社員  子育て真っ最中!猫2匹同居

2012年07月


 今日は山口県知事選挙の投票日でした。私は期日前投票を済ましていたので、本日は映画のハシゴをしてきました。

 まず、10:30 山口県教育会館で西京シネクラブの「アメージング・グレース」という映画を観ました。イギリスの映画のようで、時代は1800年頃。奴隷貿易で儲けていた自分の国に対し、平等という立場から奴隷制度に反対する青年の話。奴隷貿易禁止の話が順調に進んでいったときに、フランス革命がおき、一旦、旧体制に戻る。失意のため、青年は心身を病んでしまう。しかし、愛に恵まれ、国の情勢が安定した時代に奴隷貿易禁止の法案を通す。

 「志を高く持って、正しい道を進めば、必ず前方は拓けてくる」。そんな話でした。奴隷というのが、自国の利益に大きな影響を及ぼし、奴隷が当たり前と思っている時代に、同じ人間なんだという視点、自国が不利益になっても、残酷な仕打ちを続けたくないという主人公の想いには、心を打たれるものがありました。

 13:30からは山口芸術文化センターで「明かりを灯す人」という映画を見ました。明かりを灯す人というのは、電気工事の人で、流れから考えるに、村にはたった一人の電気工事士です。ストリーリーの最初の部分では、電気の払えない人の家の電気の配線を変更し、メーターを回さないようにしたり・・・。電気代はすごく高く、彼の夢は谷に大きな風車をつけて、村の電気をまかなうと・・・。
 そんな村の国が、革命で政権が変わり、他の国から人が入ってきて、土地を買い占めたりしようとする。電気屋さんはそんな話の中に流れて行き、最後は・・・。

 「明かりを灯す人」は芸術的な作品だったので、ストーリー的には難しいですが、古い文化に新しいもの(悪いもの)が入ってきた時の反抗というか、交じることを拒否する強さを感じました。受け入れるだけではダメで、自分の国・国柄・価値観・共同体は守っていかないといけないと思いました。

 最後に山口県知事選挙について。山本繁太郎さん(63)が当選確実と報道されたようです。今回の選挙は、原子力発電の選択選挙になる要素がありましたが、凍結・反対・あたりまえなど、選択肢にはなりにくかったです。また、選挙期間中に岩国にオスプレイの搬入があるなど・・・。岩国基地問題も話をややっこしくさせました。保守の地盤の強い山口県らしく自民党・公明党の推薦する候補の当確となったわけです。

 今回の選挙は、確かに原子力に賛成か反対かという色付けをするのであれば、明確な反対は飯田さん、三輪さん。山本さんは凍結、高邑さんは争点にせず。山本さんも凍結といったものの、告示のときだけ。岩国基地強化の問題は、高邑さん以外は受け入れずという姿勢でした。しかし、基地問題は途中でオスプレイが搬入されたので、これはよくわからなかった。

 山本さんを選択したというのは、二井知事後継指名や行政経験から言えば妥当な選択といえるのではないでしょうか。原子力をシングルイシューとした人は飯田さんに投票をしたであろうし、三輪さんの立候補は唐突すぎたし、高邑さんの立候補は民主党衆議院議員を辞職して立候補という意気込みと38歳の若さは評価できるが・・・。民主党は離党した高邑さんを支援できず、山本さんも衆議院議員で民主党の対立候補だった経緯で支持できず、連合も自主投票と・・・。

 注目べきは飯田さんの得票率です。いろいろな問題があるので、原子力の是非を問うことはできませんが、県民の心は少し見えてくるはずです。現に原子力発電所がある都道府県の首長選挙となれば、山口県以上にエネルギー問題が注目されると思います。「私は再稼動には絶対同意しません」という候補が出てきて、シングルイシューの選挙となれば、山口県どころの騒ぎではないと思うからです。都道府県知事の被選挙権に居住地の制限はありません。飯田さんは山口県出身ということで、ゆかりがありましたが、坂本龍一さんが立候補しようと思えばできたし、芸能人でもできるのです。●●県のためという良識と、国民投票ができない状態での意思表示の場としての都道府県知事選挙は、今まで以上の混戦になるのではないでしょうか。

 日本のため、山口県のためと思い、私も投票行動をしました。


 「」について、まとめてみたいと思っています。

 「志」とは、目標・目的とは少し違うと思うのですが、「あるべき自分の姿」とか「なりたい自分」とか、「この国をどうしたい」とか、すこし漠然としているのですが、そんなもののように感じます。これは私の感じであって、志が具体的なイメージであれば、それはそれで素晴らしいとは思います。

 志というのが、私は大事だと思います。志がないままに仕事をしていると、1週間は月曜から金曜まで働いて、土曜日曜休むという1週間のサイクルの繰り返しで、それを4回ちょっと繰り返すと1ヶ月、1ヶ月を12回繰り返すと1年。そんな感じで、あっという間に20年、30年が過ぎ去っていくと思うのです。
 志があれば、昨日より今日、今日より明日、というように少しでも良くしようと思うので、一日一日が積み重ねになるのです。ちょっとしたことでもいいのですが、この積み重ねを10年、20年繰り返していくとどうでしょうか?繰り返しの20年を過ごしている人に比べると、とんでもなく大きな差が生まれるのではないでしょうか・・・。
 これは自己啓発というような問題ではなく、「志」というちょっとしたものがあるかないかで、決まってくると思います。

 具体的に私の志を書いておこうと思います。私は就職して、会社の本業に近い部分で働いていました。その本業の部分は重厚長大な部署であり先輩も多く、ここで自分の実力を発揮するのは難しいかなと思いました。そこでメインストリームから外れた情報通信の部署に転勤希望を出しました。職種的には変更がかなりきつかったので、それなりに苦労をしました。まだ、LANもイエローケーブル、伝送もアナログからデジタルに移行する時代でしたので、勉強をさせてもらいました。
 話が前後しますが、そのときに情報通信(ITという言葉もありませんでした)の部署に変わるときに思ったのは、「この分野は技術の発展が著しい分野であるから、技術についていけば、かならず成果がでる」ということです。それから20年たちましたが、会社の認定では上級の技術者になりました。

 もう一つ大事なことです。仕事には「ライスワーク」、「ライフワーク」、「ライトワーク」という種類があるそうです。ライスワークはご飯を食べるお金を稼ぐためだけに働く人、ライフワークは自分の一生の仕事として働く人、ライトワークは人を導くような光をあてる仕事をする人だそうです。
 20代の半ばの頃、社外のセミナーで「仕事とはなんだ」という話をしたことがあります。一緒にいた会社の同僚は「給料のために働いている」といい、私は「働き甲斐」といい、話は平行線で終わりました。後から講師の方が私のところにこられて、それは「自己実現」ですといわれました。私は「自己実現」を「なりたい自分になる」と解釈しています。
 40代の半ばになって振り返ると、仕事とは絶対に給料をもらうというのが前提だと思いました。給料をもらえなければ、ボランティアであり「プロ」ではありません。もう一方で、楽しく仕事をしようと思ったり、仕事を改善しようと思ったりするのであれば、「積み重ねの仕事」になると思うのです。給料をもらうだけであれば、繰り返しの仕事でももらえますから。ここまでがライスワーク→ライフワークの切替だと思います。
 人に光をあてるライトワーク。ここは私もこれからの課題です。そういう段階に入ってきていることは、日々実感しています。積み重ねでやっていこうと思います。

 なりたい自分をイメージし、「志」を持つ。毎日を繰り返しではなく、積み重ねと思う。人生、それだけで好転すると思います。楽天的に考える方が、夢は実現するようです。


 今日(7月14日)、山口市民会館で山口市民文化大学の講座がありました。今回は、筑前琵琶奏者の上原まりさんを講師に招き「平家物語の光と影」という演題でした。上原まりさんは筑前琵琶師範の娘として生まれ、学生時代には琵琶の全国コンクールで3位入賞。その後、宝塚に入り、ベルサイユのバラのマリー・アントアネット役などをされ、宝塚引退後は、筑前琵琶の奏者として活躍されているとのことでした。ご自身曰く、平清盛の大ファンだそうです。

 私は琵琶という楽器を生で演奏しているのを始めてみました。木製で見えない中が空洞になっているようで、四弦の楽器です。もともと琵琶は、大月氏国(イラン・ペルシャ)で生まれた楽器で、その名残で「三日月」の印が、どの琵琶にもあるとのことです(トルコの国旗?)。琵琶には「楽琵琶」、「盲僧琵琶」というのがあるそうで、楽琵琶は今でも宮中で使われるそうです。下は、楽琵琶の参考動画。


 盲僧琵琶は僧がお経を読み上げるときに、バックで演奏されるとのことです。

 この楽琵琶と盲僧琵琶の良いとこ取りをしたのが「平家琵琶」ということで、平家琵琶は平家物語を語るときに弾かれるそうです。

 平家物語は始めは琵琶で語られ、それから書物になったとのことです。現代の琵琶は、薩摩琵琶、薩摩琵琶を小ぶりにした筑前琵琶があるとのことです。

 平家物語については、現時という勝者の目からみた話ということを聞きました。ですから、平家を悪者にしている部分があるというのは、納得できる話です。

 また、琵琶は女性を象徴しているようです。琴は男性を象徴しているとのことです。ですから、琴は女性が弾き、琵琶は男性が弾くことが多いと言われていました。

 「見るべき程の事をば見つ。(今はただ自害せん)」と平知盛のセリフをいわれました。壇ノ浦の決戦で源氏方に攻められ、海に沈む前に「見届けるものは、すべて見た」というのは、物語としては綺麗ですね。

 平家の話をすると「諸行無常」の無常観が残って淋しいのでということで、最後に「まほろば」を演奏されました。奈良の遷都でオーケストラと一緒に演奏されたそうです。

 楽器といえば、ギターとかキーボードとかありますが、日本に昔からある琴、三味線、尺八、そして今回の琵琶。そんな伝統の楽器があるのだなあと再認識をしました。


 昨日(7月13日)、山口市民会館で平原綾香さんのコンサートがありました。前から8列目で、表情まで見える席でした。

 平原綾香さんと言えば「ジュピター」で、私はそれ以外は知らない人でした。周りの人も同じような感じでしょうか。そして、年配の方も多かったです。

 ジュピターしか知らなかった平原綾香さんですが、音楽のジャンルの広さに驚きました。ジャズに近いような歌もあり、しっとりもあり、ロック調もあり・・・。

 自分の知らない音楽に出会うのも、いいですね。


【星つむぎの歌】 This work is in tribute to "HAYABUSA"


 今日(7月8日)、山口県セミナーパークにて、北海道大学客員教授、旭川市立旭山動物園前園長の小菅正夫(こすげ・まさお)先生の話を聞く機会がありました。

 旭山動物園は「行動展示」ということで、有名になっており、東京の上野動物園よりも入場者数が多いこともあったということですが、それに至るまでは、いろいろな道のりがあり、その動物園改革とも言えるようなお話でした。その内容は動物園だけでなく、私たち企業人も参考になる点が多くありました。

①まず、問題点として、当時の飼育員は動物に対して向かっていたたが、「お客さま」という単語すら意識していなかった。
②全員が危機感を共有することが大事
③全員ができることをする→組織改革にスターはいらない。

 動物がお客さまにお尻を向けていたそうです。飼育員が檻の後ろ側からお世話をしたりするので、動物の意識がお客さま側ではなく、檻の後ろの飼育員側を向いていたそうです。
 ですから、飼育員がお客さまが側の方から歩いていき、世話をするようにしたそうです。動物は、3日で前を向くようになったそうです。

 また、そのときに飼育員にお客さまへ「ワンポイント」解説をするようにお願いしたそうです。飼育員の反発は大きかったようです。何しろ、「人と話をしたくなくて、動物の世話をする仕事を選んだ」という人が多かったからです。しかし、結果的には、お客さまに解説をしたり、紙芝居を作って、みんなができる方法でお客さまへ接したそうです。

 その飼育員の中に寡黙な人がいたそうです。その人のできることは・・・。尾長ざるの飼育舎で、ロープを張って、それにえさを結びつけたそうです。尾長ざるは知恵を使って、ロープをわたり、シッポでぶらさがっらり、しながら、えさを食べたそうです。フラミンゴの前でお客さまが2~3秒しか滞在しないのに対し、この尾長ざるのところでは、40分くらいお客さまが滞在したそうです。

 これが行動展示のきっかけです。尾長ざるの生態というのが、すべてこの展示の中で出ているそうです。アシカのショーと違うのは、これはこの動物の「生きる(食べる・繁殖する)」という自然の行動だからです。”芸”とは違うのです。

 また、旭川の冬はとても寒く、冬は動物園は営業していなかったらしいです。しかし、雪の白の上に広がる青空は美しく、そこに立つキリンはとても立派だったそうで、交渉の結果、冬の動物園ができるようになったそうです。冬に雪の上を散歩するペンギン、雪をまとったホッキョクグマ。冬だからこその動物園がそこにはありました。
 お客さまは山口県とか九州とか暖かい国の外国人が多かったそうです。北海道の人は寒いのが嫌いなので、あまり冬の動物園には来なかったそうです(笑)。
 これなんかは「でも、冬には動物園はできませんよー」を「冬だからこそ、できる動物園がある」という「でも」を「こそ」に変えた良い例だと思いました。

 旭山動物園は20万人以下の入場者数が、300万人まで増えたそうです。これは一時は閉園まで追い込まれていた状況から、「あきらめず、今できることをする」の継続だなあと思いました。

 「止まない雨はない」、「春の来ない冬はない」と言う言葉を紹介されていたのは、本当に辛い時代を乗り切ったご自身の体験からでしょう。

 今は「国立動物園の設立」に向けた夢を実現しようとしているとのことです。

 ユーモアのある話し方であり、余裕を感じる講演でした。パワーポイントや動画も効果的に使われており、話し方からも学ぶことの多い人でした。

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